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JASRAC「音楽教室に潜入調査」 雑感

2019年7月13日 |  kenichi inaho

 JASRAC職員が、ヤマハ音楽教室で2年間にわたり潜入調査をしていたというニュースが世間を騒がせています。この職員は、2017年6月に「主婦」と名乗り、東京・銀座にあるヤマハ音楽教室に入会。2019年2月まで、バイオリンの上級者向けコースで月数回のレッスンを受け、さらには発表会にまで参加していたそうです。まるでスパイだ、ゲシュタポのようだ、とネット上では多くの批判の声が上がっています。

 

 しかしながら、今回の裁判の争点である「演奏権を侵害するか否か」を確認するために現場の状況を確認する必要があるというJASRAC側の理屈は、一応理にかなっています。

 

 今回のケースとは異なりますが、JASRACが電話などで問い合わせをしている点について、私は『こうして知財は炎上する』(NHK出版新書)で次のように書いています。

 

JASRACの立場からすると、音楽利用が見込まれる営業施設やイベントであっても、具体的な利用実態がわからないことも多いことから、結果として、電話などで問い合わせを行うことになる。JASRACの管理楽曲を使っていない可能性や、後述する「著作物が自由に使える例外」に該当する可能性もなくはないが、JASRACとしては情報が限られている時は事実関係を問い合わさざるを得ない(JASRACの広報部に問い合わせたところ、「最初から使用料を請求しているわけではなく、まずはJASRACの管理楽曲の利用の有無を確認する目的で問い合わせています」との回答が得られた)。(p.43/44)

 

 音楽教室の場合、電話で問い合わせたところで、本当のことを教えてくれるかどうか分からないので、JASRACとしては潜入調査をするしかないと考えたのでしょう。じつは、「客」を装って潜入調査をするという手法は、これまでもカラオケスナックやダンス教室などに対する訴訟で既に用いられており、JASRACにとっては常套手段です。

 

 JASRACがこういった手法を採用せざるを得ない事情は理解できなくもないのですが、かくいう私もバイオリンを習っているので、感情的には受け入れがたいところもあります。法的にどうのこうのといった話以前に、「一緒に音楽を学ぶ仲間にJASRACのスパイが潜んでいるかも」と考えただけで気持ちが悪いですし、講師と生徒が一緒に音楽を作り上げていく大切な場が汚されたかのように感じてしまうのです。

 

 陳述書にある「生徒は全身を耳にして講師の説明や模範演奏を聞いています」という点は、自分が上手に演奏するために習っていることを考えれば、当然のことです。正直、このJASRAC職員と一緒に学んでいた生徒さんや、指導していた講師の方が気の毒で仕方がありません。カラオケスナックの客として歌うとか、ダンス教室の生徒として踊るといった、これまでの潜入調査と比較すると、今回は質的に異なる印象が否めません。

 

 人選も巧妙だと思います。この職員は、いきなり「上級者向けコース」に入ったようですが、既にその段階で、レッスンでの演奏がハイレベルなものになることは保証されたようなものです。また、既に上級レベルであれば、講師や他の生徒の一挙手一投足に目を配る余裕もあったに違いありません。演奏経験のまったくない職員を「初級者向けコース」に通わせていた場合は、当然のことながら、異なった内容の陳述となったことでしょう。

 

 楽器の割引販売の案内など、音楽教室側による関連ビジネスへの誘導についても陳述されている点は興味を引きます。JASRAC側は音楽教室の運営が営利目的である点を強調しようと考えているのでしょうが、これが裁判にどの程度の影響を与えるのかは定かではありません。

 

 JASRACとしては、裁判で勝つためには今回の手法もやむを得なかったと考えているようです。ですが、このニュースに関連した記事や解説を見ると、JASRACを非難する論調が圧倒的に多い印象です。ここまで世論の反感を買ってしまうと、法的に正しい主張をしているのだとしても、「JASRAC=悪の組織」という印象を拭うことが、益々難しくなってしまいます。個人的には、「評判リスク(レピュテーションリスク)」を最小化しながら、「音楽文化の発展のためになくてはならない組織」であることを、もっと積極的にアピールしていく努力が必要なのではないかと思います。

 

 今回の裁判の結果が、少なくとも音楽文化を衰退させる方向性とはならないことを祈らずにはいられません。