第1日(北朝鮮入国)


まず、上越新幹線で新潟駅に行き、そこでバスに乗り換え、新潟空港に向かいました。新潟空港に到着すると、中外旅行社の職員の人が来ていて、ツアー参加者が集められました。7泊8日の旅行の参加者は10人。私も人のことを言える立場ではないのですが、ディープなツワモノが揃っているといった感じでした。

旅行社の人から出入国カードを受け取ると、主な渡航先の欄に、「朝鮮」と書かれていたので、私はそれを見ながら、「うーん…。いよいよ北朝鮮に向かうのだなあ…」と、気分が段々とハイになってきたのでした。

(写真1:新潟空港のチェックインカウンター)

出国審査を終え、ウラジオストック航空の機体に乗り込むと、その信じられないボロさに驚きました。離陸した後も、通常の機体よりも、翼が大きく揺れているような気がして、余り落着きませんでした。日本とロシアを結ぶ飛行機なのに、日本語のアナウンスは全くなく、英語のアナウンスも、余りにも酷いロシア訛りで、ほとんど聞き取ることができませんでした。そして、1時間余りで、無事にウラジオストック空港に到着したのです。


(写真2:我々を笑顔で出迎える高麗航空のスチュワーデス)
ウラジオストック空港では、サムソンのテレビ1台以外に何も置かれていないトランジットルームに1時間ほど押し込められました。そして、時間となり、いよいよ高麗航空に搭乗する時間となりました。

飛行機の入り口付近で、スチュワーデスが1人ほど、笑顔で我々を出迎えてくれていました。北朝鮮の高麗航空は、ロシアのウラジオストック航空と比べると、スチュワーデスも美人だし、飛行機の内装も奇麗だったので、「結構快適じゃん」と、満足して乗っていたのですが、食事が出てきて、その印象は一変するのです。

バターの色がやたらと黄色いので、不安になってバターの入れ物の裏を見たところ、既に半年前に賞味期限が過ぎていることを発見してしまったのです。チョット驚きましたが、この時は、まさか、平壌で出される飲料のほとんどが賞味期限切れであろうことなど、全く予期していませんでした。
そして、1時間ほどで、平壌空港に到着。もう真っ暗になっていたのですが、空港のビルの金日成主席の肖像画は、ちゃんとライトアップされていました。

空港の入国審査のところまで来ると、多くの乗客が、突然、金日成主席の肖像画の描かれたバッジ(金日成バッジ)を胸に付け始めたのです。その時になって初めて、飛行機の乗客の多くが、祖国訪問団の在日朝鮮人の人たちであることに気が付いたのでした。北朝鮮の人民は、金日成バッジを胸に付けることが義務付けられているため、在日朝鮮人の人たちも、北朝鮮入国後は、それに倣ってバッジを付けているということのようです。


(写真3:夜の平壌空港。中央にあるのが金日成主席の肖像画

入国審査を突破すると、ガイドの人たちが出迎えてくれました。我々のガイドは3人のようです。バスに乗り込むとすぐに、「パスポートが取られたりしたらいけませんので、帰国するまで皆さんのパスポートを預かります」と、ガイドは我々のパスポートを取り上げてしまったのです。到着早々、パスポートを取られてしまったので、私は大変心配になってしまいました。

バスで20分程度走ると、平壌の市街地に入ってきましたが、高層マンションの家々の明かりはちゃんと灯っているものの、消えている街灯が多く、街全体が大変暗いのに、驚きました。どうも、エネルギー不足のため、電気を節約しているようです。しかしながら、凱旋門を始めとする巨大建造物は、思いっきりライトアップされていました。

そして、45階建てツインタワーの「高麗ホテル」に到着しました。この高麗ホテルのツインタワーの最上階には、それぞれ回転展望レストランが設けられており、平壌で最も豪華という触れ込みのホテルです。部屋の中に入ると、一応、それなりの設備は整っていましたが、出発前に日本で期待していたほどの豪華さではありませんでした。

テレビをつけると、制服を着た人民軍の兵士が、大勢で歌を歌っている番組を放送していましたが、「妙な放送をしているなあ」と軽く考えただけでした。この時は、まさか、テレビ番組のほとんどが、金日成主席と金正日総書記を誉め称える番組であろうことなど、全く予期していませんでした。


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